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    幼い頃は病弱な馬で、高熱を出したりけがをすることも度々あった。この年のメジロ牧場の同期馬は特に「メジロ87年組」と呼ばれていた。この後に宝塚記念を制するメジロライアンやメジロパーマーがいる豊年であった。その中で本馬は二番目もしくは三番目での評価だった。500kgを超える大型馬で調教を行っても体重が減少しない、しかも骨膜炎を起こしてしまうなどさまざまな病に診まわされたため、デビュー時期が4歳になってしまった。デビュー戦は勝利を収めたが骨膜炎が完治していなかったため、そのあと休養を余儀なくされた。
    1991年10月27日、東京競馬場で第104回天皇賞が開催された。この日の天候は激しい雨、不良馬場での競争となった。1番人気はメジロマックイーンと武豊コンビの1.9倍。ゲートが開くとメジロが好スタートをみせる。前に出た状態で第2コーナーに入る。メジロのラインは内側に進路をとりながらコーナーを回ると、そのわきを走っていた馬群が一時混乱、審議ランプが点灯する。その後最終の直線で二番手に6馬身差をつけて入選した。その後に第二コーナーの進路妨害にてメジロマックイーンの18位降着とした。Gl競争史上初の1着馬降着となった。